第一一話:集結と終結。
「嫌ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!」
鼓膜を破るため叫んでいると思うような悲鳴だった。眼を瞑って耐えていたけど、すぐにその悲鳴は嘘のように消えてしまう。
「ふぅ――――すげぇ声」
溜息を吐いておれは目を開けると――――――――児童公園に立ち尽くしていた。
「はて・・・・・・・・・? ここは・・・・・・・・・?」
キョロキョロと見渡すと、近所の公園じゃんか? しかも良くランニングコースにしている場所だし。
ベンチ近くには霊児さんがいた。しかも、頭を抱えておれと眼を合わせると、ゲンナリとした溜息を連発する。
その近くにはデッカイ剣を腰に差した人。フラフラして覚束ない足で立っている。隣にいるスーツ姿が決まっている女性の肩を借りていた。その隣にも心配そうな顔で「カインさん、カインさん」と、おれが結構、無茶して運んだ迷子の女の子。自信は無いけど、きっと名前を呼んでいると思う。
あれ? おれって確か・・・・・・・・・あれ?
「気付いたか?」
困惑するおれの背に聞き覚えある声。
振り向くと母ちゃんがニヤニヤして立っていた。美殊も隣に立って、母ちゃんを支えていた。
母ちゃんの姿におれは眼を見開いてしまう。衣服はボロボロ。顔は笑っているけど、唇から血が滲んでいた。
「どうしたの? その怪我!?」
「あぁ? まぁ、喧嘩に負けた」
「嘘ぉ!?」
天下無敵の母ちゃんが自嘲気味な笑みを零す。
「それよりも――――」
だが、眼光はまったく衰えていない。寧ろ、ギラギラと輝かした。霊児さんのいる一団を――――金髪金眼の少女へ射抜くように。
「来ていたのか?」
一気に――――場の空気が張り詰めた。母ちゃんの英語に反応し、ゆっくりと身体を向ける少女。
「九一代目のラージェ女教皇が?」
六時一一分。同時刻。神宮院コーポレーションビル屋上。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・・エライ目に逢った」
屋上に座り込んだマジョ子は埃だらけのベレー帽を投げ捨てて、懐から三角帽子を被った。
ボロボロの迷彩服に生傷だらけの隊長達も頷いていた。
「自慢の髭が焦げてしまった・・・・・・・・・髭のアフロなんてカッコが悪すぎる」
「いい機会だ。剃っちまえよ? アラン」
拉げたグレネードを手鏡にして嘆くアランの横では、刃毀れした銃剣ショットガンを杖にしているジュディー。懐から取り出したセブンスターのケースがグシャグシャになっているのを見て、ゲンナリしていた。
額が割れ、左頬にまで血が伝っていた。
「指揮官〜? タバコある?」
「ホープで良いならやる」
手渡されたタバコを咥えるが、通常より短いタバコに顔を顰めながらも紫煙を沈もうとする夕日に向かって吐いた。
「・・・・・・・・・キンバリーが・・・・・・・・・お友達のキンバリーが・・・・・・・・・」
転がっているナイフにサラは涙を流しながら見詰めていた。
垂直に伸びた刀身。薔薇が鍔となり、柄に巻き付く蛇の装飾が施されたナイフ。しかし、そのナイフは刃元で折れ曲がっていた。
「ナイフにお人形みたいな名前を付けんなよ? サラ?」
落ち込むサラの背中を見つつ、マジョ子もタバコを咥えて紫煙を吐いて視線をレノへと向ける。
ライフルを手放して呼吸を懸命に整えていた。左肩に被弾し、包帯が血を滲ませている。右足の太腿も同じである。
「ジュディー? 衛生兵だろうが? レノに治癒魔術しろ」
「いえ、結構。戦闘中に何度か止血はしてあります」
レノは片目をジュディーに向け、小さく溜息を付く。
「それに彼女はもう〈ガス欠〉ですから」
言われてマジョ子は短くなったタバコを床で揉み消す。
「まぁ・・・・・・・・・衛生兵のジュディーには無理し過ぎだったな?」
「今年の夏のボーナス〜? 期待していいすッよねぇ〜?」
フィルターに燃え移ったタバコを吐き捨て、ニヤニヤするジュディーに鼻で溜息をするマジョ子。
「判った、判っ――――――――」
しかし、視界に飛び込んだ光の点滅に言葉を失う。
児童公園――――そこでネクタイピンによるモルス信号に、マジョ子の表情は緩みから張り詰めた緊迫に変化する。
――――至急全隊員集合――――遭遇――――太陽――――女教皇――――――――。
背筋が凍る。
呼吸が停止したのは何秒間か? 動揺と驚愕をゆっくりと呼吸と共に吐き出す。マジョ子は残りカス程度の魔力を振り絞り、全身に鞭を打って立ち上がる。
「野郎共・・・・・・・・・児童公園にて女教皇と太陽が遭遇した」
重い声音を振り絞る。
全員の顔に緊迫が伝播する。
「野郎共! あそこが墓場だ!!」
残る力を振り絞った号令。児童公園に指差したマジョ子は隊長等へ視線を向けた。
マジョ子の言葉に全員が疲労した身体を立ち上がらせる。顔に浮かぶ表情は微笑。死に場所に狂喜乱舞する戦士の笑み。
「「「「YAAAAA!!!!」」」」
疲労した戦士達は己が指揮官へ報いるように声を張り上げた。声を出す事すら疲労を重ねる事を知っていながら、指揮官の命令に答えた。
児童公園。
(あの小生意気で、いけ好かなくて、天然なら天下無双のゴスロリ少女が?)
驚愕し、処女雪の頭髪をしたホスト男の横にいる少女へ私は疑問符を浮かべた。
「京香さん? どう見てもチビガキですよ?」
私の英語にむっとする女教皇。噛み付かんばかりに睨んでいるが、私は思いっきり鼻を鳴らして見下す。
「本当にあれで被免達人なんですか?」
追い討ちのように叩き込むと、もう涙目である。面白過ぎる・・・・・・・・・。
動揺をすぐに顔に出す処など、本当に温室育ちのお嬢さんだわ。
「美殊? 目の前にいるアイツは被免達人だぞ? 私、アヤメ、駿一郎、十夜が〈破壊〉のジャンルに特化しているなら、目の前にいるアイツは〈防御〉と〈治癒〉のジャンルを埋め尽くしている。〈治癒魔術〉だけなら殊子と比肩する。そして、〈防御〉なら――――最高峰だ」
淡々と、目の前にいる少女を賛美する京香さん。しかし、その顔に余裕とか不遜の表情が無い。能面のような無表情で機械的に分析していた。
「私の極大魔術も防げるだろう」
ニヤリと賞賛の笑みを浮かべる京香さんだが、私にしてみれば冗談ではない。そして英語だから、その賛美は丸々チビ女教皇に届いている。腕を組んでふんぞり返っていた。どうだ? 思い知ったか? と、表情だけで丸判りなのがますます腹立つ。
その女教皇が、突っ立っている誠へチラリと視線を向ける――――深淵を見定めるように目を細める金眼のまま女王へ向けた。
「〈完璧なる大敵〉の魂を受け継ぎながらも・・・・・・・・・〈大いなる神〉の気高さと力を継ぐ者・・・・・・ですか?」
抑揚無い声音と共に、一歩前に進む女教皇。
「だから何だ? 私の息子はどちらにも成らない。いや、させやしない。私と仁の息子は〈オオカミ〉にも、〈破壊者〉にも行かせない」
宣言の如く、誠の前へ出る女王。
「無理です・・・・・・・・・・・・彼の〈精神〉にあなたの思い、願いは届かない。籠で育った鳥ですら空を飛ぶことを、忘れる理由が無いように・・・・・・・・・そして――――彼自身はもう、選択しています・・・・・・・・・そう――――あなたや〈魔王〉、〈銀狼〉も届かない〈場所〉を目指している」
「百も承知済みだ。幾千と覚悟を決めている。幾万と悩んだ末、幾兆の結果で今の私が居る」
託宣の重みを声音に乗せる女教皇と女王。
霊児さんの視線は行き来し、眼球はクロールをするように泳いでいた。最悪的な事態にオドオドしていた。
チャンスだ。こちらにあの人を引き込めば、〈盾〉程度の役には立つ!
(つぅ――――かぁ〜? こっちの味方ですよね? 部長? 可愛い後輩の母親のピンチに悩んでいるんです。きっちり助力してくださいよ?)
(イヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!? 無理無理! てか、君? 都合の良い時だけオレに頼ってない?)
私の視線に首を横へと振りまくる部長。クルミ割り人形の無機質さ加減にむっとしたが、今は京香さんの助力に成れることを懸命に分析することにした。
役立たずなど捨てて置け、美殊! 今は全力を振り絞る機会を見逃すな。
「けっこう・・・・・・・・・ならば語る言葉はありません。言霊で名乗りましょう。退魔師よ」
だが、現女教皇の迫力というのか、被免達人の放射する魔力の突風に仰け反ってしまう。
あまりにも強く激しい魔力の渦に。
「神秘の管理者にして――――真実の実――――」
言霊で名乗る女教皇の雰囲気に、眼が潰れそうな突風を幻視してしまう。
「疑惑の裏に隠されし、史実と事実を掲げた〈トマス〉と〈マリア〉の名に於いて――――」
女教皇の言霊は突風から旋風へと変わる。
「史実を伝えしトマスと、血を残して朽ち果てたマリアの名に於いて――――」
闘気を爆風に変えて名乗り上げる
「――――名乗り、そして誓う。私は九一代目女教皇ラージェ・・・・・・・・・世俗を捨てて、世界を拾う。聖魔二対の剣を掲げ、神槍を用い、鉄槌を振り上げ、弩を放ち、盾を持ち、杖の先端で常しえの未来を切り拓こう――――汝という敵を倒して」
女教皇の名乗りに肩を竦める女王は、ギラギラと輝かせる瞳で鼻を鳴らした。
「〈言霊〉で名乗れってか? まぁ〜それが暗黙の了解だから仕方がねぇが、ぶっちゃけて、恥ずかしいんだけどよぉ・・・・・・・・・・・・しゃあない・・・・・・・・・」
言語とは裏腹で、構える身体は天地。右手に〈モリガン〉を掲げ始める女王。
「我らは神を降ろし――――」
種類、分別など無視して〈奇跡〉に該当する〈力〉を。
「調伏する者――――」
選び、消して。
「故に、ゆえに――――」
――――だからこそ。それが可能たる〈真〉にして、〈魔〉を司り、
「我は魔神なり」
女王の声音は熱風。
暑く、熱く、分厚い石版の重みと灼熱を思わせる闘気。
「退魔家序列一位真神家! 三二代目当主真神京香ぁ! 我が師たる真神郷華の名を貰い受けし者よ――――」
退魔家は皆、先祖代々当主の名前を一文字、もしくは読みを貰う。私は一文字ずつ実父側と実母側から貰い受け、誠も同じく一文字貰っている。真神家四代目当主、字は〈魔狼〉と怖れられし真神銀十郎誠駕から。そして、誠が真神家当主を名乗るなら、
「退魔家序列一位、真神家三三代目当主、真神誠。四代目当主真神銀十郎誠駕の名を貰いし者」となる。
メチャ長いな。と、変な感想と現実逃避は京香さんの声で現実へと帰還する。と、言うより許されなかった。
「恐れぬなら来い! 女教皇よ!」
受けて立つと宣言する女王。
「覚悟!」
金眼を闘志に燃やし、突っ込む女教皇!
現世に存在し、最強の矛と最硬の盾。この激突はどのような結論を出すのか? どちらも最高峰、どちらも名に聞こえし魔術師が正面切って肉迫する!
霊児さんが頭を抱えて悲鳴をあげ――――白髪頭の男性を揺する男装の麗人。
口を開いたままの誠と――――指先一つ動かせない私――――その全員が、結末を恐れて硬く目を瞑る――――!
「京香さ〜ん♥」
「ラ〜ジェ♥」
目を瞑る私の鼓膜に、と――――っても嬉しそうにはしゃぐ声が響いた。
あれ? ナンデ?
同時刻。
無線機に届いた二人のはしゃぐ声に――――電柱の上に着地しそこなって、危うく落っこちそうになったマジョ子。
「あれ? ナンデ?」
電柱に突っ立ち、目を瞬いて後ろに付いて来ている隊長らへ振り返った。
四名は〈如月クリニック〉と書かれた看板に立ち、
「さぁ・・・・・・・・・」
アランが横へとスルーし、
「いや〜どうして?」
ジュディーがサラを見るものの、
「どうし・・・・・・・・・て?」
隣に立っているレノへ流すが、
「情報にニアミスは無いはず・・・・・・・・・ですが?」
と、もういるわけが無いが、となりに目を映した瞬間――――。
「説明しよ〜! 実はねぇ?」
間延びしまくり、閉まり無い童女のような笑顔がレノの横にあった。
「「「「「不死身鳥!!!!!」」」」」
飛び跳ねて、屋上に集結するガートス私兵部隊達。身構え、臨戦体勢に入る五人に不死身鳥如月アヤメはシュンとなって項垂れた。衣服に血が滲み、疲労している姿。だが、脅威には変わりない。手負いの獅子と同じように油断は死に繋がる。
「説明して欲しそうだったから、看板の上に無理して〈着地〉したのに・・・・・・・・・」
いじけ始めるが、五人にはどうでもいい。何時から居たと態度と顔に書かれていた。
「この人たち酷いよぉ〜駿一郎〜?」
不死身鳥の視線を追うと――――背後。
「全くだ。何度か助けてやったろうに」と、今度は背後からだった。
「「「「「詩天使!!!!!」」」」」
駿一郎は叫ばれて眉を寄せる。彼もまた両足に血が滲んだ包帯を巻いて、ダメージ量が容易く見て取れる。だが、余裕の態度でタバコを咥え始めた。
「それより? 説明が欲しくてウチの屋上へ来たんだろう?」
「いや――――そうじゃないが・・・・・・・・・説明してくれるとありがたい」
気力根性を振り絞って質問するマジョ子に、隊長らの尊敬した眼差しが集中する。
「判った。じゃ、ぶっちゃけると」
言いながら火を灯す駿一郎。
「ぶっちゃけるとねぇ?」
異口同音で女王の口癖を借りて口開く夫婦に、固唾を飲む五人。
――――そして、児童公園に集まる全員も説明を求むという顔をしていた。
「どう言うこと? 美殊?」
聞かれても判らない私は、視線を聖堂側へ向けて留年先輩を見る。
「どう言うことですか? 巳堂さん?」
しかし、留年先輩は判らずじまいなのか、オズオズと視線をスーツの女性へ向ける。
「どう言うこと? ディアーナ?」
質問され、オロオロしながら支えている上司へと視線を向け、
「どう言うことなんですか? 局長?」
そうだな――――と、フラフラと危なげな頭に力を入れ、
「ぶっちゃけるとだ・・・・・・・・・・」
「「『あの二人はマブダチだ』」」
〈神殺し〉夫婦の言葉と、〈魔剣〉の声音がスピーカーに拾われ、綺麗に重なった。
目を瞬くガートス私兵部隊。どう言うことだ? と、まだ疑問符だけ頭に浮かんでは弾けていた。
「六年前くらい? いや、七年前だった?」
「間違い無い。璃緒はもう小学二年生だからな」
「結婚式のついでにねぇ〜〈聖堂〉、〈退魔家〉とあと〈極東魔術師〉の和平しちゃおうってなったのぉ」
何だ? その軽いノリは?
「友人の晴れ姿が見られるめでたい席だからな。俺とアヤメももちろん出席した」
「ちょっと待て!?」
驚愕するマジョ子と、
「誰の結婚式だぁ!」
叫ぶ霊児。
「誰って・・・・・・・・・」
首を傾げる詩天使と不死身鳥ペア。
「ちゃんと私は貴様にも招待状を送ったが・・・・・・・・・やはり見ずに捨てたか・・・・・・・・・」
霊児の反応に白々しい眼で見下ろすカインが、溜息とともに言葉を紡ぐ。
「私の結婚式だ」
眼を丸くする霊児。
ベートベンの〈運命〉でも流れ出しそうなほど驚愕するディアーナ。
「ちぃぃぃぃぃぃぃいと待て? お前・・・・・・・・・確か二五だよな? 今年で・・・・・・・・・二六になるよな? 巻士と同じだよな?」
「それがどうした?」
逆算結果はどう考えても最低一八歳だった。
「早い結婚だな!? おい! 巻士と並ぶのかよ?」
「仕方なかろう? 妊娠していたからな。それと、訂正を要求する。巻士は一〇ヶ月早い」
『さらっと言うな! さらっと!』
無線機は無情にも霊児達の会話を拾い続ける中、思い出し笑いをしながらマジョ子の前で説明を続ける夫婦。
「あの時のカインは緊張しまくってたな?」
「カーくんってば、本気で照れていて可愛かったよね?」
「俺が一番面白かったのは、命題の祝電が読み上げられた時だな。あれは良すぎだ。イカした名文句だ」
「『ガキを作るのは猿でも出来る。だが、子の成長は〈親〉の品格で決まる。子と共に成長して一端の〈親〉になれ』だったよね? 項垂れていたねぇ〜? しかも朗読したの司会進行役を買って出ちゃった、令雄ちゃんだったしねぇ?」
「生後一〇ヶ月の璃緒を抱いたまま読んでいたからな? 常に無表情なヤツの面が、面白いくらい泣きそうな顔だった。その顔をカインへ向けるたびに〈読むのか? これを?〉って眼で言っていたが、カインにとってテーゼは恩師に当たるからな。〈読んで欲しい〉って顔をしていたな?」
「読む人間も聞く人間にも強烈だよねぇ?」
「だな。あの時の三人の顔は今でも思い出せる。レイラも顔を真っ赤にしていた・・・・・・・・・だが、カインの凹みようは群を抜いていたな」
「効くね〜? 命題の説教」
「効き目抜群だな? 今度頼んで京香にも説教してもらおうか? 引き摺っているからな」
「色んな意味で価値観変わりそうだけどぉ、いいねぇ?」
呆然とするマジョ子に駿一郎はふと話が反れていた事に気付き、思い出したように締め括る。
「そういう訳で、ラージェと京香は仲が良い。聖堂で知っている奴等は鉄槌、弩、盾、杖の四名は確実に知っている。だか、こいつらは知っていて、〈喧嘩を売ってくる〉奴等だからな」
「誤解されてもしかたなよねぇ? ワタシと駿一郎は〈穏便〉にしてるけど・・・・・・・・・キョウちゃんが・・・・・・・・・」
アヤメは困り顔で夫の駿一郎を見る。駿一郎も溜息を吐いて言わんとすることに頷く。
その両者のやり取りだけで、少なくともマジョ子には理解出来た。トップ同士は良いが、下にいる人間とは折り合いの付かない現状だと。
「確か――――キョウカ、ミスタージン、トーヤ、アヤメ、シュンイチロウ、アンソニー、マキシ、キリエ、マキエ、ミーナ、ヨシャア、ギョウス、八部衆のトザキご夫婦、マガミの四翼当主と次期当主達が出席。ラージェ様は親族として花束の贈呈までして貰って、かなり豪華な式だった・・・・・・・・・欠席者は仕事で来られなかった命題のみ。無断欠席者は貴様、鉄槌、弩、盾、杖の五名だけだ」
カインは朦朧とする頭で思い出しながら指を折っていき、横目で霊児を睨んだ。
「当時の貴様は誰でも噛み付く〈狂犬〉だったからな・・・・・・・・・仕方ないといえば仕方ないが・・・・・・・・・レイラ女教皇と気に入らないであろう私の結婚式とはいえ、鬼門街の代表とする退魔師、極東方面魔術師と聖堂によって開かれた和平の場でもあった。日本で行動が多い貴様に、〈知らず味方に喧嘩を売らない〉ようにと、招待状を送ったが・・・・・・・・・裏目に出たのが悔いに残る・・・・・・・・・」
『霊児さん・・・・・・・・・』
ピアスから地獄を引き連れたようなマジョ子の声。
背筋を凍らせる霊児。
一部始終、そして解説付きでこの騒動が無駄だったと知ったマジョ子は、感情の無い無機質な音声を発する。
『話は理解しました・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・マッ!」
『貸しイチです。デカイですから』
ぷっつりと音声が切られてしまう。
朦朧とする意識のため、超人的な五感が鈍くなっているカインはそのやり取りを聞かぬまま、
「今更悔やんでも仕方が無いがな。俺もレイラも気にしていない」
「悔やんでも、悔やみ切れねぇ・・・・・・・・・悪かった・・・・・・・・・」
会話を聞けばカインに謝る霊児だが、まだ聴いているだろうと望みを賭けてマジョ子に謝っているのが真相だ。
「気にするな」
「気にするぜ・・・・・・・・・これの埋め合わせが・・・・・・・・・」
一気に疲労感が襲い、霊児ははしゃいでいるラージェと京香へ視線を向けると、ギョッとする光景が広がっていた。
京香はラージェと手を繋いだまま、ジャイアントスイングの真っ只中だった。
「アハハハハハ」
「ウフフフフフ」
笑い合っているが、ラージェの身体はどんどん高速回転していく。
全員の顔がもう止めろ! 止せ! と、パツイチで判る。
「ドッセイ!」
気合一声の女王は天高く女教皇を吹っ飛ばす!
「キャァアー!」
何て、可愛らしい声を尾とする女教皇。まるでジェットコースターを満喫する少女のようだ。
丸い粒すら見えなくなった女教皇を見上げる女王はボソりと呟いた。
「いつもこれをやってる時にさ・・・・・・・・・ふと思うよ。失敗したらどうしようって・・・・・・・」
「「じゃぁぁあやるな!!」」
誠と霊児の突っ込みを響かせるが、女教皇は落下中。
天使のような笑顔で舞い降りる女教皇を、ガッシリとキャッチする女王。
無事キャッチされたとはいえ、無駄に疲れた誠と霊児は息を荒げるが、ラージェはそんなことはどうでもいいのか、京香の首に腕を廻して抱き付いている。
「さすが京香さんです。絶叫マシーンなんて目じゃありません!」
「楽しんでもらって光栄だぜ? だが、まだまだ! これから私のウチで歓迎パーティーも待ってるぞ? 今夜は夜更かししても怒られないぜ?」
「本当ですか!? 一一時まで起きてても良いんですか!?」
これから行なうというパーティーに満面の笑みを浮かべるラージェに、京香は優しく撫でながら豪快に笑う。
「苦しゅうない、苦しゅうない。私の家だ。自分の家と思って寛げ」
太っ腹に宣言する京香はようやくカインに気付くと、訝しげに首を傾げた。
「どうした? カイン? まだ日が出ているのにもう酔っ払っているのか?」
「・・・・・・・・・・・・違う。アンタと一緒にするな。薬を盛られて・・・・・・・・・眠いだけだ」
なるほどと頷くと、京香はラージェを下ろして腕を組む。
「ならさっさと家に行くか? 部屋は――――息子の部屋になるが構わないか?」
「構わん。それより――――今はふかふかの蒲団の上に寝たい・・・・・・・・・」
そうかと頷き、今度はディアーナへ視線を映すと、
「ソイツは?」
「俺の部下だ」
ふーん。と、ディアーナを上から下まで見た後、童女のような素直な笑顔を向けてきた。
「カインの部下ならぶっちゃけ、私のマブダチだな。よし! お前も泊まってけ!」
「はぁ!? えっ!?」
目を点にするディアーナだが、そんなことはどうでも良いのかガハハハと、女性らしくない笑い声を発して美殊へ視線を映した。
「じゃ、美殊? お客さんが宿泊するから、ウチまで案内してくれ」
「・・・・・・・・・・・・まぁ・・・・・・・・・京香さんが言うんでしたら、構いません」
渋々と承諾し、美殊はディアーナとカインの元に歩き始める。項垂れる霊児に視線を向けた京香は、近付くとガッシリと腕を廻して口許には弧月を作る。
「落ち込むなって? 私とラージェが出会ったら大戦争だって勘違いしたんだろ?」
図星を串刺しにされ硬直する霊児。
「大丈夫だってぇ? ほら? 私って温厚で通ってるじゃん? ラージェに手を上げるワケがねえぇだろ? それに先代女教皇のレイラは私の妹みたいなもんだ。妹の妹であるラージェなんて可愛くて仕方が無いんだぞ? も〜う! これでもか! って位に大好きなんだ」
項垂れる霊児に背中をバシバシ叩いて、ニッコリと微笑む京香。
「まぁ! お前もウチに来いよ? 酒呑んで忘れちまえって!」
しかし、霊児の項垂れている。だが、京香は何を思い出したのか手を叩いて合点するように頷く。そして、歯切れ悪く言い辛そうに頭を掻いた。
「あと・・・・・・・・レンタカーとか・・・・・・・・・ごめんね?」
本人も忘れていた真ん丸なレンタカーを思い出し、とうとう霊児は気疲れの極致に達してしまう。京香の腕を静かに退けて、トボトボとカイン達の輪に入り込む。
美殊に先導された一団が、児童公園から去っていくのを呆然と見送る誠。
霊児の哀愁の秋風を放つほど、丸まった背中に向けて誠は手を合わせて心の底から謝った。
(すんません・・・・・・・・・霊児さん。おれの母親はこんな人です。犬に噛まれたと思って忘れてください! レンタカーとかその他諸々! きっと大迷惑掛けたと思います! 本当にスイマセン!)
届けこの謝罪! と、本気で謝る誠の横に立つ京香は首を傾げていたが、チラリと背中の封印に目を動かした。
「――――封印。三つ目が解けているな・・・・・・・・・」
無機質に呟く京香へ身体を向けた誠は、素早く臨戦体勢を取る。ゴタゴタしていたが、こちらとしてはこの〈話〉がメイン。誠にとって封印という意味は、母親にも妹にも迷惑が掛かるモノ。しかし、母親と妹はそれで良いと決断している。自分が恐ろしい存在になるくらいならと。
「イヤだからね・・・・・・・・・どんなにそっちが強制でも、おれはイヤだからね・・・・・・・・・」
ギリギリと全身に力を張り巡らせる誠に対し、京香は溜息を一つ零すだけ。下ろしたての衣服は見る影も無い事に気付き、赤い髪を手で払う。
「この、親不孝モンが・・・・・・・・・・・・・せっかく作ってやった護符と魔除けの衣服を一日でオジャンにしやがってよ・・・・・・・・・」
言われて、誠は自身の格好に眼を移すと唇をへの字に曲げた。
「まぁ・・・・・・・・・服なら何時でも作れるからな。今はとりあえず、だ・・・・・・・・・」
そう言って歩を進める京香に、ファイティングポーズをする誠。
「お前? 親孝行したい?」と、へんな質問をされ、首を傾げる誠。
「どうなんだよ?」
「えっ? まぁ、してもいいとは思ってるよ・・・・・・・・・そりゃ・・・・・・・・・母ちゃんだし」
何が言いたいのかと疑問に思いながら答えると、京香はニッコリと微笑んで。
「じゃぁ、オンブ」
「はぁ!?」
両手を広げて可愛らしい声音で言うのだから、奇襲以外何物でも無い。
母親のセリフに誠は顎が外れそうなほど口を開ける。だが、「もう・・・・・・・・・立ってられねぇ〜」疑問も受け付けず、フラフラと地面に倒れそうになる京香。その身体を抱き止めた誠は、まだ顔に疑問と驚きをへばり付かせていたが、とりあえず喉に上るセリフを絶叫する選択を選んだ。
「さっきまでメチャ元気だったじゃん!」
「うんなもん見栄と根性だ。人前で倒れるなんぞ恥ずかしくて出来るか」
なんつぅ――――ワガママ。なんつぅぅぅう、自尊心。
「それよりよぉ〜? とっとと運べよ。壊れ物の高級クリスタルを扱うように、慎重に、細心の注意と愛情を持って超絶美人お母様を運びやがれよ? 力だけは一丁前なんだ? そんくらいしろよ? たまにはいいだろうが?」
メリットがねぇよ! と、叫んで拒否しようと唇を動かすより早く、
「してくれたら、封印の件。考えてやってもいい・・・・・・・・・」
(えっ? えっ?)
困惑は怒涛。そして母親の弱さに困惑し続ける誠はオロオロとうろたえていた。
「ちくしょう・・・・・・・・・本当・・・・・・・・・甘かった。あいつの〈足元〉位には届いたとは思ったんだけどな・・・・・・・・・足元どころか、道端に転がる小石程度かよ・・・・・・・・・」
誰の事なのか、誰を言っているのかも誠は訊けなかった。母の独白があまりにも弱々しく、初めて見る姿に戸惑いが隠せない。
「私は・・・・・・・・・何時になったら・・・・・・・・・・・・・・・・・胸を張って、背筋張って、お前らの母親だって言えるんだ・・・・・・・・・? 〈母親〉なのにさぁー? 全然、解らねぇよ・・・・・・・・・どうやったらお前等に誇れる〈親〉に慣れるんだ? 仁みたく、どうやったら〈親〉に成れるんだ?」
身体を預ける母親は軽すぎて、軽くて弱々しくて、どのような言葉を掛ければ良いのかと悩む誠。
不意に、実の父親が脳裡に過ぎる。こんな時――――どうしようもない時に、父はどうした? 今、心底、情け無くとも――――ただ一人、たった一人だけ、この女性を支え切り、居ない今でも支え続けている父の毅さを、心底から渇望した。
身体はすぐに答えを発した。母親を背負う。ただそれだけ。
だが、言葉は何も思い付かない。無言と沈黙は渦に、葛藤と選択の狭間に揺れ続ける。風は無情にも嘲笑うかのように流れては過ぎ去る。
母を背負ったまま、児童公園を後にし、数十分後には自分の家に着いた。
考えて、考え続けても答えは出てこない誠。だが、何故だろうか? 仁の声音が胸に広がる。
「母ちゃん?」
知らず、この思いが届けば良いと。
言葉だけで届けるわけが無いセリフに集中する。
「父ちゃんは・・・・・・・・・きっと、母ちゃんが〈最高〉だって思っているよ」
これが、誠という息子を前にして、父親が口癖のようにしていた言葉。
言った言葉に、誠の中でどこか納得が滑り込んでいく。自分の発した言葉にもう一度力強く頷いて、
「うん。じゃなきゃ結婚なんてしないよ。母ちゃんなんかと――――」
最後のセリフだけは絞め殺す位には、失礼だよな? と、本気で考えた女王。だが、息子の自信を持った声音に苦笑いして、以外に広くなった背中を名残惜しむ事無く降りた。
「まぁ――――私と結婚した時点で、最っ高な幸せは保証済みだな?」
無理矢理笑みを浮かべて息子に見せつけると、息子は肩を竦めていた。
「幸せだねぇ? 母ちゃんは?」
生意気にも皮肉を返す誠。笑みは自分を鏡に映したかのよう――――それでいて、最愛なる人の面影を色濃く残す笑み。
「当たり前だ! それよりおめぇ? その格好でお客様の前に出るなよ? とっとと着替えて来いやぁ!」
母親が何時もの調子に戻る。背中にどデカイ紅葉を叩き込むのに唸りながらも、チラリと視線を京香の背後に――――向けてから、苦笑した。ちぐはぐな視線に怪訝に思ったが、京香は自分の息子が玄関に入るのを見送ると、苦笑と自嘲を綯い交ぜにした笑みを静かに浮かべる。
「〈最高〉・・・・・・・・・ねぇ? 〈それ〉なら・・・・・・・・・・〈そう〉あれば、どれだけ良かったか・・・・・・・・・どう見ても、控え目に見ても私は〈最低〉だ」
実の息子が〈狂える魔王〉と成る事を慄き、〈己を省みない英雄〉と成る事を恐れた結果が、息子の背に刻まれる封印。
胸を張り、背筋を張って、最高だと誇ってくれるものか・・・・・・・・・。首を横に振る京香の背後に――――。
「〈最高〉だよ? 今でも、これからも・・・・・・・・・」
戦慄はない。
兄のような全てを消し去り、全てを踏み躙るような存在ではない・・・・・・・・・・・・そして、聞き間違うはずが無いその声音に、京香は身体ごと振り向いた。
どんなに息子と、兄に似てようと・・・・・・・・・・・・この〈庇護〉全てを自分だけに向けるような・・・・・・・・・・・・毅く、強く、力強く支えてくれるこの声音を・・・・・・・・・聞き逃す訳がない。
振り返る先に――――純白と見窺うほどの白と、銀色の光沢を放つ髪を横殴りに吹く風に靡かせ・・・・・・・・・たった一人のために女王がデザインしたロングコートの裾を風に躍らせる男の背に――――京香は声を失った。
男はそれ以上、何も言わずに片手を上げて風と共にその輪郭を消して去っていく。
立つ鳥が跡を残さずに消え去った残滓。白昼夢にしてはやけにリアルの幻覚に向かって、京香は苦笑した。
「けっ!」
下を向いて笑い飛ばし、思い切りよく玄関を上がる。
(――――ちくしょう。幸せじゃねぇか!)
〈今〉も幸せを与えてくれる最愛の人へ向け、背中を向けたまま中指を立てる。
(愛しているぜ!? クソッタレがぁ!)
同時刻、大学病院、磯部綾子の病室。
「嫌ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!」
恐怖のあまりに叫んだ。叫び続けてもがくように手を伸ばすと、暖かい――――誰かの手が握り返された。
「えっ?」
薄い靄の掛かった視界が晴れて――――自分の手を見ると、誰かが手を取っていた。手から腕。腕から肩。肩から――――顔へ視線を向けると、そこに見慣れた顔があった。だが、前と比べて頬がこけている。
「おっ、お母さん?」
叫びすぎたのか、喉はカラカラだった。
「何? 綾子?」
変わらない優しい母親が問い掛ける。
「ここは・・・・・・・・・何処?」
「病院よ。ほら? 先生にご挨拶して」
衰えた首の筋肉を動かすと、そこに白衣を着た女医が立っていた。成熟した大人の雰囲気を持った女医は、安堵の息を吐いてニッコリと微笑んだ。
胸のプレートに久遠と書かれているのを見て、
「久遠先生? 私、どれだけ寝ていたの?」掠れた声で言う。「どれだけ・・・・・・・・・・・・寝つづけていたんですか? どれだけ寝ていたのか解らないんですが・・・・・・・・・・・・?」
掠れた声で言う綾子に、久遠ユウコは首を横に振る。
「今はゆっくりと養生しなさい。まずはそこからよ。早く退院して元気にならなきゃね?」
その言葉に縋るように、もう一度ベッドへ身を委ねる・・・・・・・・・あの〈悪夢〉を象ったような〈悪魔〉が出てこないことを願いながら。
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